大阪地方裁判所 平成9年(ワ)2445号 判決 1998年4月16日
原告 前川昇
右訴訟代理人弁護士 稲波英治
被告 住友商事株式会社
右代表者代表取締役 津浦嵩
右訴訟代理人弁護士 熊谷尚之
右同 高島照夫
右同 石井教文
右同 池口毅
主文
一 被告は原告に対し、金一二〇万円及びこれに対する平成一〇年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金一〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五八年一〇月ころ別紙物件目録(一)記載の土地を、昭和五九年二月ころ同目録(二)記載の土地を、それぞれ買い受け、昭和六一年一一月ころ、右土地上に居宅として同目録(三)記載の建物(以下「本件居宅」という)を建築し、そのころから現在まで本件居宅に居住している。
2 被告は、平成六年六月ころ、本件居宅の敷地の西側に隣接する大阪府四條畷市岡山東三丁目七二〇―七他の土地を取得し、平成九年三月ころ、同土地上に「スコーレ四條畷マンション」(以下「本件マンション」という)の建築に着手した。本件マンションは、一一階建、一三階建及び一四階建の三棟からなり、総戸数は二二二戸であって、同年一一月ころ竣工予定である。
3 本件居宅は、大阪府四條畷市北西部の丘陵地にあり、周囲を農地や雑木、住宅に囲まれており、本件居宅からは、その北側及び西側に市街地等を一望できる。したがって、原告の有する本件居宅からの眺望の利益は、法的に保護されるべきである。
4 しかるに、本件マンションが建築されると、本件居宅からの右眺望は、完全に阻害される結果、原告は、甚だしい圧迫感や威圧感を受け、健康的な生活が損なわれることになる。その侵害の程度は、もはや社会生活上一般に受忍すべき限度を超えるものである。
したがって、被告による本件マンション建築は、原告に対する不法行為を構成する。
5(一) 本件マンションの建築により、原告の所有する本件居宅及びその敷地の価格は、七〇〇万円下落し、原告は、右同額の財産的損害を受けた。
(二) 本件マンション建築による眺望阻害や威圧感・圧迫感のため、原告は、多大な精神的苦痛を受けた。右精神的苦痛を慰謝するためには、三〇〇万円の慰謝料をもってするのが相当である。
6 よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年三月二二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(原告による本件居宅等の所有)は不知。
2 請求原因2(被告による本件マンションの建築)は認める。
3 請求原因3(眺望の利益)は否認する。本件居宅からの眺望は、単なる都市景観であって、法的保護に値するだけの客観的価値を有するか疑問である。
4 請求原因4(眺望の利益の侵害)は否認する。本件居宅からの眺望は、本件マンションの建築により一定の制約を受けるが、右は部分的なものにすぎないこと、本件マンションと本件居宅との間には、最短でも三〇メートルの距離があり一定の空間が確保されていること、本件居宅及び本件マンション周辺は、急速に都市化が進んでいる地域であり、既に大規模な集合住宅等が建築されていること、被告は、地元自治会と交渉を行って協定書を取り交わしているほか、地域住民の利益にも配慮して、本件マンションの敷地内に公園や沈砂池を設置し、敷地の一部を道路用地として提供し、周辺土地に対する日照被害を可及的に避けるため、建物の配置にも配慮していること、本件マンションの建築は、都市計画法、建築基準法等の関係法規を遵守しているのみならず、四條畷市の都市政策に沿うもので、良質の住宅を供給するという公共的役割を有していること――このような事情に鑑みると、被告による本件マンション建築により、本件居宅からの眺望に変化が生じたとしても、原告に対する不法行為を構成するとはいえない。
5 請求原因5(原告の損害)は否認する。宅地化が進む周辺地域の状況からみて、本件居宅からの眺望の変化は必然的なものであるから、地価の変動は、社会生活上受忍すべき事柄である。
第三証拠《省略》
理由
一 事実経過について
請求原因1(原告による本件居宅等の所有)の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができ、同2(被告による本件マンションの建築)の事実は、当事者間において争いがない。右各事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 本件居宅及び本件マンションは、JR学研都市線の忍ケ丘駅から徒歩圏内にあるものの、その周辺地域は、竹林、雑木林、田園、畑が多く残る、いわゆる郊外の未開発地域であって、原告が本件居宅を建築した昭和六一年当時には、都市計画法上の用途地域として第二種住居専用地域に指定されていたが、平成五年の都市計画法改正に伴う用途地域細分化によって、平成七年、第一種中高層住居専用地域に指定された。現在は、一戸建住宅とともに、中層マンションが散見されるものの、本件マンションのような一〇階建を超えるような大型建築物は未だ周囲に存しない。なお、四條畷市の人口は、原告が本件居宅を建築した昭和六一年以降、一時減少したものの、平成三年以降は増加を続けている。
2 本件居宅は、木造スレート葺二階建(一階床面積が六五・二九平方メートル、二階床面が五〇・〇一平方メートル)であって、本件マンション敷地より数メートル高い丘の上にあり、本件マンションが建築されるまでは、北側及び西側方向に視界を遮る建造物等がなく、特に本件居宅の玄関付近・風呂場・二階南西居室・踊り場等から、周辺の農地、雑木林、学研都市線の高架、町並み等を、広くかつ遠くまで観望することができた。
原告は、不動産業者から、見晴しの良いの土地として本件居宅敷地を紹介され、これを購入したものであって、本件居宅の建築にあたっては、一階風呂場に大きな窓を設けて、眺望が楽しめるよう工夫した。
3 本件マンションは、事業主を被告、施工者を株式会社長谷工コーポレーション(以下「長谷工コーポレーション」という)として建築されているもので、壱番館(一一階建。幅約三九メートル、高さ三二メートル)、弐番館(一三階建。幅約二八メートル、奥行約一三メートル、高さ約四一メートル)及び参番館(一四階建。幅約六〇メートル、高さ約三九メートル)の三棟からなり、開発面積は一万〇九八八・二七平方メートル、敷地面積は九二三一・七六平方メートルである。その敷地は、南東から北西に向けて扇形に広がる傾斜地であって、その西隅には公園が設置されているほか、北西側が道路として提供され、右道路と本件マンション建物との間には駐車場が設けられているため、本件マンション建物は、敷地の南東寄り(本件居宅側)に、南西から北東に向けて一列に並ぶように配置されている。本件居宅と本件マンションとの位置関係は、別紙図面記載のとおりであって、両者の最短距離は、約三〇メートルである。
なお、本件マンション建築前は、右敷地は、竹藪、畑、荒れ地が点在する雑種地であって、本件居宅との境界付近には竹林が広がっていた。
4 被告は、平成六年四月ころから、本件マンションの建築を計画していたところ、不動産開発事業のコンサルタント業等を営む日経ビルド株式会社(以下「日経ビルド」という)が、長谷工コーポレーションから委託を受けて、同年一〇月ころから、右建築に関する地元との交渉を行った。日経ビルドは、当初、地元の岡山地区自治会や水利組合との間で、水路や里道の付替えについて協議を行い、次いで、本件マンション建築用地の範囲や形状がほぼ確定した平成七年八月ころから、周辺住民との交渉を開始し、説明会を繰り返し開いた。右交渉の当事者となったのは、岡山地区自治会ないし自治会内の「組」という団体であったが、原告を含む周辺住民約五〇世帯により自治会とは別に「マンション建設反対同盟」(以下「反対同盟」という)が結成され、平成八年一月ころからは、反対同盟も被告との交渉に参加することになった。被告と自治会及び反対同盟とは、互いに協定書案を示すなどして意見交換をしてきたところ、同年五月八日ころ、被告及び長谷工コーポレーションは、岡山地区自治会長から、反対同盟との意見調整ができたとの連絡を受けたので、同月一八日、右自治会との間で、本件マンションの規模・構造・配置や工事方法並びに電波障害の対策等に関する協定書を取り交わした。
原告は、平成八年二月末ころから、反対同盟の実質的な代表者となり、自治会の役員等と並んで被告の説明会や交渉の場に出席し、自治会とも意見調整を行ってきたが、自治会と被告との間の前記協定書に、納得していたわけではなかった。
5 本件マンションの建築は、平成九年三月ころから開始され、平成一〇年一月ころには、建物の躯体となる鉄骨が約一二階まで組まれ、その周囲に足場と粉塵防止シートが張り巡らされるまで工事が進み、同年一一月に竣工の予定である。
6 遅くとも平成一〇年一月一日の時点において、本件居宅から西側に向けての眺望は、本件マンションの参番館(一四階建)及び弐番館(一三階建)により、その東壁面以外には空が見えるだけの状態(本件居宅からは、参番館と弐番館とは、斜めに重なって見え、その隙間から遠景を望むことはできず、左右方向の視野は、本件マンションにより、一〇〇パーセント遮断されるのみならず、上下方向においても、約四五度の角度で上空を見上げないと、空も見えない状態である)になり、また、北側に向けての眺望は、参番館の東壁面により、視野の左二分の一ないし三分の一が遮断されることになった(《証拠省略》写真が平成一〇年一月二九日に撮影されていることに鑑みれば、右程度の眺望阻害は、遅くとも同月一日には生じていたと認めることができる)。
二 眺望の利益について
以上の事実関係を前提に、まず、原告が法的に保護されるべき眺望の利益を有するか否かについて検討する。
1 一般に、眺望は、これを見る者に、開放感や安堵感、美的満足感を与えるものであって、生活上少なからず価値を有するものであって、個人が特定の土地や建物を所有ないし占有することによって得られるところの、土地や建物の所有・占有と密接に結びついた生活利益ということができる。
もとより、眺望の利益は、観望する者と観望の対象との間に遮断物が存しないという偶然の事情によって生じるものであって、周辺地域における開発等客観的状況の変化によって自ずと変容ないし制約を受けざるを得ないものであるから、土地や建物の所有者ないし占有者が排他的独占的に享受しうる利益ということはできず、他人の行為によって眺望に変容がもたらされても、当然にその排除を求めたり損害賠償をなしうるだけの内実を有しているものとはいえない。
しかしながら、特定の場所の眺望の点で特別の価値を持ち、眺望の利益の享受を目的としてその場所に建物が建てられた場合のように、当該建物の所有者ないし占有者による眺望の利益の享受が、社会通念上からも独自の利益として承認されるべき重要性を有すると認められる場合には、眺望も、法的保護の対象となるということができる。
2 これを本件についてみると、確かに、本件居宅から眺望できるのは、周辺の農地、雑木林、学研都市線の高架、市街地等であって、海岸や渓谷等の景勝地ではないし、本件居宅は一般の住居として建築されたものであるから、眺望に経営の基盤を置く旅館や飲食店等と異なり、眺望自体が原告の経済的利益と直結しているともいえない。また、前記一1認定にかかる本件居宅周辺の地域性に鑑みれば、本件居宅周辺は、早晩開発が予定されていて、原告が本件居宅建築時の眺望を固定的に享受することを期待しうる状況になかったことも明らかである。
しかしながら、本件居宅の周辺地域は、前記一1認定のとおり、自然の竹林や雑木林、畑、田圃等が残る、いわゆる郊外の未開発地域であって、本件居宅付近には、一戸建ての住宅が散見されるのみで、特段の高層建物はなく、特に、本件居宅の玄関・一階風呂場・二階南西居室・踊り場等からその西側及び北側に向けての眺望は、農地や雑木林、市街地を広くかつ遠くまで観望できるというものであって、一般的な市街地における景観とは異なり、本件居宅に生活する者に、特別の安堵感や充足感を与えるものであったということができる。原告は、前記一2認定のとおり、不動産業者から、見晴らしの良いの土地として本件居宅敷地を紹介され、これを購入したものであって、日常生活において眺望を享受することを目的の一つとして、本件居宅敷地を購入し本件居宅を建築したということができる。また、本件居宅からの眺望が原告の主観に止まらず客観的な価値を有することは、被告自身が、本件マンションからの眺望に価値を見い出し、「屋上展望台」なるスペースを設け、「三六〇度のすばらしい眺望が手軽に楽しめるスペース」として、住居者の募集広告をしていることからも、窺えることである。そうすると、本件居宅からの眺望の利益は、これを享受することが社会通念上独自の利益として承認されるべき程度の重要性を有しているということができる。
したがって、原告の居宅からの眺望による利益は、法的保護に値するということができる。
三 眺望の利益の侵害について
次に、被告による本件マンションの建築が原告の眺望の利益を違法に侵害しているか否かについて検討する。
1 眺望の利益は、前記二1判示のとおり、周囲の客観的状況の変化によって自ずと変容ないし制約を受けざるを得ないものであるから、他の競合する利益との調和においてのみ許容されるべきものである。したがって、眺望の利益が侵害されたことを理由に損害賠償が認められるのは、被害の程度、地域性、被害の予測可能性、加害建物の規模、加害の回避可能性等諸般の事情に鑑み、被害者の損害が社会生活上一般に受忍すべき限度を超えていると認められる場合に限られると解するのが相当である。
2 これを本件についてみるに、本件居宅は、その北側及び西側の土地より小高い丘の上に位置し、本件居宅から北側及び西側に向けての眺望には、前記二判示のとおり、法的保護に値するだけの重要性を認めることができたが、本件マンション建築工事の結果、遅くとも平成一〇年一月一日には、前記一6認定のとおり、西側に向けての眺望は、本件マンションの東壁面以外には空が見えるだけの状態(左右方向には、一〇〇パーセント視野が遮断され、上下方向には、約四五度の角度で見上げない限り空も見えない状態)になり、また、北側に向けての眺望も、参番館の東壁面により、視野の二分の一ないし三分の一が遮断されることになったものである。本件マンションの建築により、本件居宅から南側及び東側に向けての眺望が何ら影響を受けないことを考慮しても、本件居宅から北側及び西側に向けての眺望こそが、一般的な都市景観とは異なって法的保護に値するものであることに鑑みると、右眺望阻害の程度は、決して軽微とは評価できない。また、本件居宅とマンションとの距離、本件マンションの大きさ等に照らすと、原告が本件居宅において生活するにあたり、本件マンションより威圧感や圧迫感を感じることも想像に難くない。
さらに、本件居宅周辺地域の地域性に鑑みても、右周辺地域は、第二種中高層地域に指定され、今後ある程度の都市化が予想されるとしても、現状においては、一〇階建を超える大型建築物は周囲に見当たらず、未だに竹林、雑木林、田畑等が残る地域であるというのであるから、本件マンションは、少なくとも現時点においては、周囲の環境と調和した建築物とはいい難く、ましてや、原告が本件居宅を建築した昭和六一年当時において、本件マンションのような大型建築物が建築されることを予見すべきことを、一般人に期待するということはできなかったといわねばならない。
加えて、本件マンション建物は、前記一3認定のとおり、敷地の南東寄り(本件居宅側)に、南西から北東に向けて一列に並ぶように配置されているところ、被告は「右配置は、北西側の隣地所有者に対する日照被害を可及的に回避するためのもので、やむを得ないものである」旨主張するが、右配置の結果、原告の有する眺望の利益が阻害されたことは、否定できないところであって、被告において、本件マンションの建築にあたり、原告の眺望の利益の確保のためにどの程度の配慮がなされたのか、疑問といわざるを得ない(本件全証拠によっても、被告において、本件マンション建物を北東から南西に縦に並べ、その隙間から本件居宅より遠景を眺望できるような配置にできなかったのか、もう少し低層のマンションでは、採算が取れなかったのか等、本件居宅からの眺望を確保するための検討がなされた形跡を窺えない)。
そうすると、前記一3において認定したところの被告による公園設置や道路敷地の提供、前記一4において認定したところの被告と地元自治会等との交渉経過等を考え併せても、なお、本件マンション建築による原告の眺望被害は、社会生活上一般に受忍しうる限度を超えているといわざるをえない。
したがって、被告による本件マンションの建築は、原告に対する不法行為を構成する(右不法行為は、原告の眺望の利益が前記程度に阻害された時に成立するものであるが、右阻害が平成一〇年一月一日より前に生じたと認めるに足りる証拠はない)。
四 損害について
1 まず、不動産価格の下落による財産的損害について検討するに、一般に、法的保護に値するだけの眺望の利益が認められる場合において、右眺望の利益が阻害されれば、不動産価格が下落するであろうことは、否定できないことである。
しかしながら、そもそも、眺望阻害による不法行為の本質は、生活利益であるところの眺望の利益が侵害されることにあるのであって、不動産価格の下落は、右生活利益が侵害されることの反射的利益にすぎず、特に、大都市近郊の未開発住宅地域においては、今後の地域開発の如何によって、地価はいかようにも変動するものであって、右変動はやむを得ないものと評価されることが多いと考えられる。そうすると、本件マンション建築の影響により本件居宅及びその敷地の価格が下落したとしても、右財産的損害は、生活利益の侵害による精神的損害に包摂され、独立の損害として評価することはできないといわねばならない。また、仮にこれを独立の損害と評価することができるとしても、本件においては、「平成八年春ころ、本件居宅の隣の家が売りに出されたが、本件マンションの建築計画のため、相場より安い価格でしか売れなかった。右取引を仲介した業者に、本件居宅の評価を求めると、本件マンションの建築により一〇パーセント程度の価格低下が予想できるとのことであった。また、他の不動産業者に問い合わせても、一般論として、マンション建築が近隣の不動産価格に影響することは予測できるとのことであった」旨の記載のある原告の陳述書の他は、「本件マンション建築の影響により、本件居宅及びその敷地の価格は、眺望等の面から一〇パーセント前後割り引かれる」旨記載された物件査定書の写しが証拠として、提出されているのみであって、これらはいずれも、本件居宅及び敷地の価格低下の根拠について、具体的な算定根拠を欠いているもので、受忍限度を考慮に入れているか否かも不明であるし、特に右物件査定書の写しに至っては、作成者が匿名とされているものであるから、これらに十分な信用性を認めることはできない。
したがって、原告主張の財産的損害については、これを認めることができない。
2 次に、生活利益の侵害による精神的損害について検討するに、原告は、被告の本件マンション建築による眺望阻害によって、従前享受しえた眺望による安堵感や充足感を得ることができなくなったばかりか、威圧感や圧迫感を感じるようになったもので、そのことによる原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額としては、前記一6認定の眺望阻害の程度その他諸般の事情に鑑み、一二〇万円と認めるのが相当である(そもそも、眺望阻害による生活利益の侵害は、日照、騒音、臭気等による生活利益の侵害に比べて切実なものとはいえないし、住居地域においては、一般に、住居からの眺望が他人の建物等によって一定の制約を受けることは当然予定されていること等に鑑みれば、眺望阻害による慰謝料の額は、右の程度にならざるをえない)。
五 結論
以上の次第であるから、原告の本訴請求は、一二〇万円及びこれに対する不法行為の日又はその後の日である平成一〇年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。
(裁判官 村田龍平)
<以下省略>